進路を戦略的に考える出発点として親御さんが考え抜いておかないといけないこと

この記事は、子供が小学校にあがったばかりというご家庭の相談に乗っているときに出た話がもとになっています。
そのくらいの年の子達が、先行きの暗い世の中でもたくましく働いていける個人になるためにはどう学んでいったらいいんだろうね、という話です。そんな未来のことに確かな結論などありません。ただ、今の日本を含む先進諸国でさわがれている大卒者就職難には、全業界全職種が一様に就職難なのではなく、ホワイトカラー余り・オフィスワーカー余りが際立っている、という事実があります。この事実から状況を想像して、未来に伸ばしていくと、ひとつの印象が浮かび上がってきます。
すなわち、先進国とか成熟社会とか呼ばれるところでは、働くということの意味がもはや労働や所属ということでは済まず、勤勉とか規律とかいったものでは成り立たないものになっている、という印象です。

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<学習は手段である。目的ではない>

人間の行なうことで、ほかの事の役に立たなくても、それ自体として意味があるのは、芸術と恋だけです(この考えに賛同できない人は今すぐブラウザの戻るボタンを押してよそに移動しましょう)。芸術と恋以外のことはすべて、他の何かを目的とし、目的につながる手段として行なわれているはずです(この考えに賛同できない人は今すぐブラウザの戻るボタンを押してよそに移動しましょう)。このことを「合目的性」と呼びましょう。芸術でも恋でもないのに合目的性を実現できていない行為は無駄な行為です(この考えに賛同できない人は今すぐブラウザの戻るボタンを押してよそに移動しましょう)。そのようなことに使われた時間は捨てられた時間です(この考えに賛同できない人は今すぐブラウザの戻るボタンを押してよそに移動しましょう)。あらあらまあまあ。

さて、本題に移ります。

学習もまた合目的性を必要とする種類の行為です。学習は、いかなる目的を達するための手段なのでしょうか。

能力を開発するためだ、とここでは考えます。将来社会に出て通用する職能を得るためだ、難しく言えば、人材水準を向上させるためだ、ということです。この考えに賛同できない人は今すぐブラウザの戻るボタンを押して他のところへ避難してください。このあと展開される冷徹な「願望と現実の区別」に耐えられず血圧が急上昇するおそれがあります。心臓の弱い方にはたいへん危険です。

<能力とはその時点における一定水準以上の専門性のこと。つまり要求は常に上がっていく>

学習が能力を開発するためにあるならば、どういう学習をするべきかという判断は、どういう能力を開発するのか、に依存します。これは一昔前なら○○になりたいという願望を起点に考えればよかったのかもしれませんが、成熟社会ではそもそも人手がかからないので、どこの業界も、専門家ですら席は少ない。しかも変化・革新の起こるのが速いので、能力の寿命がすこぶる短い。

農場・工場ではすでに省人化がかなり進んでいます。農場については、養液栽培といって、光と水だけで土を使わないため工場で農業できる工業的農法がついに事業ベースにのっかってきて、いよいよ投資が加速し始めています。農業の工業化は時間の問題です。半世紀後には食糧生産は高層ビル一本で一地域ぶんまかなうものになっているかもしれません。
工場のほうは、もう白物家電工場は実質無人ですよね。産業ロボット大手のファナックのラインになると、ロボットがロボットを量産してるありさまですし(ファナック工場画像:http://www.fanuc.co.jp/ja/production/factory1.html)。
農場・工場が高度技術者とごく少数の単純労働者以外関与しない場になると、それを後方から管理・指揮するオフィス業務も縮小することになるので、ホワイトカラー労働力の必要性は縮小傾向にあります。この傾向は今後も続くでしょう。
しかも、日進月歩で効率化していく通信技術をちゃんと使えば、人と人が連絡を取ったり話し合ったりするだけなら、離れていても「直接会う場合と同じ精度でできる」ようになっています。新しい通信技術を実用するのが他より早めになる米国のIT企業などだと、本社は米国内にあり(創業地だからです)、研究開発拠点はインドやイスラエルにあり(すごい大学があるからです)、財務の責任者はシンガポールかニューヨークにいる(すごい証券取引所があるからです)、というようなことがあったりするらしく、各部門の長がそろわなければならないような経営会議があっても、物理空間的には一箇所に集まらずに、ウェブ会議ですませたりするそうです。身内同士の話し合いなら、対外的交渉と違い、「誠実さの演出」だとか「実物の迫力」だとかをつくる必要がないので、それですむわけです。このように連絡関係が簡略化されていけば、なくしてしまえる補助的業務がたくさんでてくるでしょうし、組織の命令系統から身内を管理・指揮する中間点を減らしていけるでしょう。そうなると、ホワイトカラーに求められるのは経営の専門家としての仕事であって、その人数はたいして多くない、ということになるのが自然です。これがつまり、昨今顕在化している世界中でのホワイトカラー余りという現象です。
ありていにいって、これからの将来、事務屋しか務まらない状態で世の中に出て行っても相手にされないでしょう。通常業務スリム化を専門とするマネジャーなら、生産的な事務屋ということになるかもしれませんが、管理される側の事務屋はなにも生みだしません。削減されるのは時間の問題でしょう。

これからの若い人にとって、能力ということばは、専門家であるということしか意味しません。昔はどうだったか知りませんが、労働それ自体が価値をもつことはもはや難しいでしょう。分業の中にある業務はすべてルーチン的業務ですし、ルーチン的業務はいずれ必ず機械まかせにできるときがくるか、その業務自体を省略できるときがきます。それを怠る事業体は、事業体そのものがなくなっていくのでしょう。
現代以降の技術は、労働を安く買い叩けるようにするのではなく、労働をなくしていくものです。雇われた労働者が経営者の下で分業するという事態は、今後、開業している専門家や事業主どうしが直に協業するという事態にどんどん移行していくはずです。図体のでかさは生残性の低さと同義、ということになっていくと思われます。
その流れがいくところまでいけば、たとえ安くても労働には使い道がない、働きたい人は労働以外の事をしてくれ、という時代になります。<働くこと=雇われること>だとか<働くこと=労働>だとかいった図式を信じている人にはわけのわからない話かもしれませんが、働くということが金を取るということを伴うかぎり、買い手のつく行動でないと意味がないわけですから、買い手の側から見て金を払ってでも他人に頼むしかないことでないと働きになりません。便利なものが増えていけば、買い手が人間に金を払う局面は減るはずです。便利なものを使って自分でやってしまえばいいわけですから。買い手が自分で解決できることなら他人には頼まないはずですから、人間が仕事を請け負うためには買い手にはできないことをできるのでなくてはなりません。

働くということが、誰にでもできることをするのでは成り立たなくなりつつあります。

ひとつの抜け道として、テクノロジによる鮮やかな問題解決とは異なる、非効率あるいは無用なんだけれども魅力のあることをやってのけ、それで他人を感心させるという道も考えられるかもしれませんが、そういうことを出来る人は芸術家と呼ばれるのではないでしょうか。労働から最も遠いものです。いちばん難しいことでしょう。

これからの時代、能力ということばの持つ意味は前例のないほど重い、敷居の高いものになると予想されます。

今15歳以下の人が2020年ごろに社会に出て、引退できるまで50年働かないといけないのだとしたら、半世紀ぶんの技術革新を生き抜かないといけません。2020年から半世紀ぶんの技術革新です。自分で開業できない、研究開発も出来ない、プログラミングも出来ない、経営もわからない、商品が実際に持っている価値をもっと高い価値に見せかける営業力もない、芸術家であるわけでもない、それでもつとまる仕事が2020年から半世紀を経ても残っているとはちょっと想像できません。

今15歳以下の人で、一生遊んで暮らせる資産を継ぐわけではない人にとって、なにをして食べていくのか、どうやって老後に備えるのか、という問題は避けようのない問題ですが、この問題への対処は昔ほど能天気なものではありえません。求められる能力水準は高く、変化は速いのですから。しかも、近代国家の福祉制度というのはそんなに美しいものではなく、帝国主義的な膨張でも無いと維持できない脆弱な金融システム――創始者はドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクですからねえ。あの時代なら、成長が足りなければ植民地からでも敵対するフランスからでも吸い取ればよかったんでしょうよ――ですから、よほどの軍事力と外交力を持つ国以外では、福祉制度そのものがなくなる可能性を視野に入れておくべきです。そろそろどこの福祉国家も財政の限界を迎えつつあります。
今15歳以下の人にとって、働いて稼ぐ、その先にある老後に備えるという課題は、今すでに働いている我々とは比較にならない難題となる可能性があります。

こうしてみると、これからの若い人にとっていちばんいい考えは、「雇われなくても生きていける人間になること」ですが、どうしても、働くこと=雇われること、としか考えられない人は、研究開発要員がつとまるようにするか、経営幹部がつとまるようにすることです。それもだめなら、手に職をつけるしかありません。専門のはっきりした職人・技術者になるのです。
「このことについては自分ひとりに任せてもらって大丈夫です」と胸を張って言える専門家にならなくてはなりません。能力とは、他人に自分を頼らせることができるということ、です。

<能力の種類と能力開発の種類>

これからの若い人は、任務遂行の責任主体となるために、なんの役に立つのかはっきりとした能力を開発しなければいけません。これからの若い人はそういう話に、なるべく早く――高校選びの前にビジョンを定めましょう。知らない人が多いようですが、工業高校や高専は昨今の現実の中でひとつの有力な選択肢として見直されています。普通科高校にいって大学進学路線をとるか、工業高校や高専にいって職人・技術屋路線をとるか、という14-5歳時点での決断は重大です――現実的なものとして関心をもたないといけません。親御さんとしては、頭の痛いところでしょう。

能力や能力開発の話のとっかかりになる図式をまとめてみましたので、これを使って、右に行くのか左に行くのか、まずは親御さんが腹をくくって現実的なところを考え、両親で統一した戦略眼をもつことからはじめるとよろしいでしょう。このとき、決して願望にとりつかれないことが大切です。願望と現実をきちんと区別した上で、現実を確実に実現する手をうつことです。できもしないことに投入した時間は、寝ていたのと同じことですから。


能力と能力開発と職能の図
Educationortraining
(高等教育機関を選ぶとき、左にいく教育をできているところかどうかを大学単位で考えるのは無意味になってきている。研究室単位で見極めていくしかない。左に行く人を育てるところ以外の大学のうち、まともなところは右にいく訓練と就職あっせん業を、まともでないところは卒業証明書発行サービス業と就職あっせん業をしている)


左に行くのか右に行くのか、右に行くとしてどの分野のか、によって、中学・高校からの進学先を考える基準が変わってきますし、鍛えるべきメンタリティもかなりちがってきます。右にはきまりごとをたくさん正確に吸収する勉強家の気質が重要になるでしょうし、左には新しいことへの意欲や不屈の行動力といったものが重要になるでしょう。

この図式を使いながら考えると、次のようなことがわりとすっきり思案できます:

左のほうは、現在日本国内に数百万人しかいない界隈なので、門戸が狭く、それがつとまる能力を鍛えたからといってそのポストを得られるという保証はない。結局、自分で事業主となってはじめることを考えないかぎり、現実味は薄いかもしれない。
右のほうが、小中高の勉学の延長上で実現できる界隈なので、実現性が高そうだけれども、経済的に混乱してきている士業(起業が少なすぎる現代日本の閉塞経済では、経済の付属品である弁護士会計士の需要もえらいことに…)をみると、理系職でないと将来性はなさそうだ。しかし、士師業だと日本国内の免許であって日本国内でしか通用しないかもしれないので、日本国内の人口と経済が縮小する見通しの強いこれから、たとえ理系専門家でも予算・人員は減っていくだろうと考えると、よその国でも就労できる可能性のある、エンジニアとして水準を高めるのがいちばん多くの選択肢につながるのではないか…

こんなふうに考えを展開していくことが出来ます。
これは考え方の一例で、いろいろな推論がありえますが、出発点をすっきりさせると、明快に考えを進めていくことが出来やすくなります。

ワタクシがいろいろ見てきて知る限り、若い人は、毎日接している大人から自然に受ける影響を越えて成長することはないですから、まずは親御さんが、願望ではなく、現実的現在を入口として出口まで段取りが見通せる仕事観をもち(つまり、何を達成するのが自分の仕事で、どういうプロセスで達成するのかってことです)、それを実践し、時が来たら、親子でしっかり話し合うことです。具体的に、現実的に。
また、両親の間で統一見解が整えることが大切です。父母がばらけていると、子供は子供にとって都合のよい(つまり甘い)ほうを正しいとみなすだけです。

努力が報われるとはいいがたい世の中(国そのものが縮小するということはそういうことでしょう)で、雇われないと生きていけない種類の人にとって、ただの願望ほど役に立たないものはありません。ある若い人が能力を身につけても、その能力を求めるポストの数より能力者のほうが多ければ、その若い人が仕事にあぶれる可能性は必ずあります。そして、日本列島の総人口が減るということは、日本列島で行なわれる人間活動の総量は減るということですから、そうしたポスト不足は常態化する可能性があります。なにをすれば確実だ、というのは今日ひとつもありません。小中高の学業などはしょせん子供のお遊びです。それを多少うまくこなした程度で、他人の看板にぶらさがっていても老後まで食っていけた低次元な時代はとっくに終わっています。そこに戻ることはありえません。先進国に生れた人間が働くとはどういうことなのか、願望によらずよくよく考えるべきでしょう。

<最後に>

行動経済学者が観察や実験によって確かめたところによると、人間には、自分があきらめたこと、しかたなくやっていることについては、正しい選択をしたんだと思い込む傾向があるそうです。ところで、労働そのものを尊ぶ発想が日本語圏にはあるようにみえますが、日本列島で暮らす庶民にそうした意識が定着したのは江戸時代だといわれています。江戸時代には固定した身分制度があり、職業も世襲なので、働き方を選択する自由などありませんでした(婚姻を通じてべつの職業集団に移転することはあったようですが差異の小さいところとしか婚姻なんか起きないでしょうし)。行動経済学の知見をからめて憶測してみると、選択肢が存在せずあきらめが蔓延した社会が正しいと信じたことには実は根拠などなかったのかもしれませんから、労働それ自体を尊ぶことは根拠のない神話なのかもしれませんよ?なんのために働くのか考えるのをやめているだけかもしれない。江戸時代ならそれもしかたがなかったのかもしれませんが、現代は途方もなく便利で自由です。考えるべきことを考えないで行なうことに緻密さやしぶとさがでてくるものでしょうか。
現代においては働くということは手段であって目的ではありません。能力は手段であって目的ではありませんし、能力開発は手段であって目的ではありません。
願望まみれの絵空事ではない現実的目的というものが出発点にないと、なにもかもが空回りするのではないでしょうか。

学習(教育であれ訓練であれ)が手段であることを忘れてはいけません。能力開発や努力それ自体を信じてはいけない。つねに、それをなんのためにしているのか、を明らかにしておかねば。そして、ものごとがひとつの要素だけでできていることはほとんどなく、ゆえに、ものごとに対処するのに一つだけの手段ですむことはほとんどない、ということを忘れてはいけません。世の中には学習しただけで解決することなんかない。
学習は、若い人がしていくいろいろな修行のうちのひとつでしかありません。このことは絶対にわすれてはいけません。くれぐれも、学力しかない人間は無力だということをお忘れなきよう。こんな乱世ではよけいにそうでしょう。

巨大な老人人口を、開業率の低い不活発な就労人口で支えていかなければならない、成熟経済と福祉制度の国日本では、短くてもあと80年はかかるという老若人口比率正常化までの間、雇われないと生きていけない人には、ある時いきなり選択肢を失う危険がある、ということを見落としてはまずいのではないでしょうか。これからの若い人は、自分で事業できるようになるか、さっさと日本から出て行くか、どっちかしかないんじゃないの、というのがワタクシの私見です。私見であって、それ以上のものではありません。それぞれのご家庭で、それぞれの私見を、ご自身の頭と時間を使って、鍛え上げてください。むろん、何を考えても結局は賭けにしかなりません、乱世ですから。

この記事をお読みになったご家庭の発展をお祈りします。めんどうな世の中ですが、納得のいく賭けをしてください。

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一家に一冊カガク英語ドリル

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新しい学習プラン「EZ心理学読解演習」

この春から大学に通っている生徒が、受験の終わったあと、自分の専攻に直接役立つ文献に当たりたいというので、ちょうどうちの本棚にあったバロンズの心理学教科書を3月いっぱい読んでみるという学習をしました。これが実に質の良い学習となったので、わが教室の洋書読解演習のひとつに加えて常設することに。

合衆国の教科書出版大手バロンズが EZ-101 study keys というシリーズを出していて、いろいろな分野の入門用教科書シリーズなんですが、その心理学のぶんを読んでみる学習プランです。詳細はこちらをご覧ください:

東筑英語教室の洋書読解演習
 http://tels.sakura.ne.jp/specialized.htm

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英文としては人文系ではなく自然科学系の、平明な文章です。心理学というくくりのなかで論争している諸流派の対立点なども明らかにしていってくれるので、論理的討論の発想も鍛えられます。良書です。

うちにきたのと表紙が違うんですが、表紙だけつくりかえるというのは洋書ペーパーバックにはよくあることです。うちにきたのはこんなの:

白く簡素な梱包
20120423a

まっくろな表紙の本
20120423c

neuron っすね
20120423d

brain system っすね
20120423e

visual apparatus っすね
20120423f

auditory apparatus っすね
20120423g

日本の中学高校理科教育は日本語単語と数と記号の抽象的暗記(要するに筆記試験の予行練習)に堕落しているから、英語文献で知性を揉む体験をしていかないと、具体的対象について論理的に思考するという現代的知性は育たないのではないでしょうか。

そこで洋書読解演習ですよ
 http://tels.sakura.ne.jp/specialized.htm

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音にリズム、思考に秩序。

【今年度は小学英語を革新します】

音にリズム、思考に秩序。

現代あるべき知性の英語をめざす日本人学習者にとって至高の学習機会となるべく存在しているのがわが教室です。創設から、実験として運営してきた3年度が完了しました。まる3年度を振り返った結果、ワタクシは決断しました。

小学3年生以降にはじめて英語に触れる日本人学習者の、初動の学習を革新しなければならない。

(注:小3以降という設定にはわけがあります。当教室は幼児期の外国語学習を推奨しておらず、英語にかぎらず外国語学習開始の適齢期は9-10歳と判断しています。その理由は以前詳しく述べました:幼い子供に英語を習わせようと考えている、自分では英語が話せない親御さんたちへ。

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なぜ小学英語に注力する必要を感じたのかといいますと、日本人英語学習者がつまずく・伸び悩む根本的原因は英語における<速さ>の問題にあると断定したからです。リズム感が乏しいために<速さ>の問題に対応できない人は音声面であまり上達しませんし、たいして深く読めるようにもなりません(そういう人は英語なんかにかまけてないで理数系の学問を深めるか、資格・免許の類をとるかして、はっきりした専門性・職能を身につけたほうが将来のためだと思います)。

なぜ<速さへの敗北>ゆえに多くの日本人学習者が幼稚な英語力にとどまってしまうのか?言語学習における次の2大要素を無視してへんな<べんきょう>をしているからではないのか?:

(1)言語技能は身体技能である。知識ではない。

(2)思春期を境に人間の学習能力は特徴が変わる。

1については、「幼い子供に英語を習わせようと考えている、自分では英語が話せない親御さんたちへ。」で説明してあります。

2については、別の言い方をしたほうがわかりやすいでしょうか。すなわち、思春期以降の学習者は思春期以前の学習者に比べ、しょせんは、<硬い、鈍い、遅い>のです。既知のことがらをじっくり分析するような学習には思春期以後の人の方が向いているかもしれませんが(分析に値するほどの知識を持ってればね…)、語彙の暗記やリズム制御の体得は思春期以前の自由な脳のほうがうまい。この意味で、「思春期以前の人間のほうが頭がいい」のです。その時期のうちに<一生ものの高水準英語学習エンジン>をつくってしまわないから、世界一単純な音声体系である日本語から英語への距離を越えられなくなる。

そのような判断に落ち着いた結果、わが東筑英語教室は、2012年度から、次のような学習戦略を理想として追求していくこととしました:

・9-10歳で英語学習開始、ただし意味などわからなくてもよく、『ドゥダドゥダ英文法127』にあつめられた127の効果的例文で英語音声リズムの発声練習をする。
・それができたら子供向けの洋書で読み書き音声三位一体学習に着手する。
・思春期を迎えて身心が鈍くになる前に、洋書をふだんから読む習慣をつけてしまう。
・その後は英語で小論文を書く練習をするもよし、口頭で議論する練習をするもよし。

文字は待っててくれる――しかも反論してこない。楽な相手――ので<速さ>も<対話力>も要りませんが、将来使える知性的英語のためにはそうはいきません。速さについていけて、議論できる英語技能でないといけない。英語を、意味の問題ではなく、時間の問題として処理する体を、まず先に整えなければならない。英語力に必要な要素なのに日本人学習者が最も苦労する「速さ」を克服する機会をつくらなければならない。それは思春期以前の<柔かい、鋭い、速い>学習者を対象としたものであるのがよい。

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<音にリズム、思考に秩序。>

こうして生れたのが、英語学習歴のない小学3年生でもとりくめる「リズムきざむゼロ英語」です。一応中3まで対象としていますが、人によって身体の成熟度(つまり脳が自由度を失って硬直している度合)がちがうので、入室時のリズム感審査をしっかり行ないます。小学生でもそれに合格できない人はいるでしょうし、中学生でもらくらくと合格する人もいるだろうと思います。

これからしばらく、小学生の英語学習を革新するために知恵をしぼっていこうと思います。その第一陣が「リズムきざむゼロ英語」です。当教室の公式ウェブサイトはこちら:

とうちくえいごきょうしつ
  http://tels.sakura.ne.jp/

<リズム感からワタクシが仕込めばこのくらいのことは>

Tennyson, "The Charge of the Llight Brigade", recited by me.
  tennyson.thechargeofthelightbrigade.rev1.mp3

できるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。

<これからの若い人に知っておいて欲しい情報の動画>

Did You Know? 3.0
 http://www.youtube.com/watch?v=kj9pR_b3u4E

これは2008年後半に公開された動画(これの日本語訳が登場したのは約半年経ってから)。それから3年ちょい経った今、動画内に最新のものであるかのように出てきた Blackberry は iphone に追い落とされ、My Space は Facebook に滅ぼされてしまったのであった。ほんとに3年経てば様変わりしてるってわけですよ。活動の環境じたいが3年で更新されちゃうわけですから、学んだ知識が武器になるんじゃなくて、最新の知・新鮮な情報(それは英語で流通する)をしょせんは一過性のものとわきまえつつ吸収し続けられる知的習慣そのものが必要になる、というのがこれからの世の中です。10歳前後からはそういう知的習慣を培う学習をしましょう。

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小3-6年生がはじめて英語学習にとりくむための「リズムきざむゼロ英語」のおしらせ

当教室が幼児期の外国語学習をあまり好ましいと思っていないことは以前詳しく述べたとおりです:

(参考) 幼い子供に英語を習わせようと考えている、自分では英語が話せない親御さんたちへ。
 http://emptybrigade.txt-nifty.com/blog/2012/01/post-1c7f.html

とはいえ、思春期を迎えてからでは習得しにくい技能も多々あります。当教室では、英語学習の「早すぎず、遅すぎない」理想的開始時期を小3-6年の時期だと判断しています(そして、当教室で9-10歳からはじめれば、15歳になる前に洋書を読む習慣を身につけられると判断しています)。
この小3-6という時期は、当教室の近辺で公立小学校に通っている子のほとんどはアルファベット(ローマ字でもよい)くらいは知っているが、まともといえる英語技能はゼロという状態でしょう。それで大丈夫です。むしろそのほうが思春期以降の知性の伸びしろが阻害されなくてよいと思います。とにかく8歳以前の時期(pre-operational stage:脳・心の発達度からして、抽象的思考ができない時期)は、具体的な対象について日本語で対話しながら段取りを考える訓練と、算数をしっかり理解する学習をしておくのがよろしいでしょう。

【 リズムきざむゼロ英語 】

算数数学の話はさておき、このたび、英語技能ゼロ状態の小3-6年生が、一生使える英語力の土台を整えるための段取りを開発しました。それが「エントリープラン リズムきざむゼロ英語」ですが、このプランは次の教材群を用いて進んでいきます:

 A はじまりのはじまり。動詞ってなに?
 B ドゥダドゥダ英文法127
 C ドゥダドゥダ単語リスト
 D ドゥダドゥダ動詞リスト
 E 月と曜日の名前と年号の言い方
 F 数の言い方
 G 日付の言い方

Bの「ドゥダドゥダ英文法127」が本編です。127の例文を徹底的に英語リズムで発音できるように練習していきます。127個の例文は、近い将来きびきび使える英語力を身につけるために核心となる語順パターンに慣れられるように、しかけてあります。それを、状況を思い浮かべながら発音練習していく、というプランです。舌・あご・唇・のどの使い方として、発音の仕方を練習していきます。
Aは、本編に入る前にどうしても必要な知識を、日本語のしくみから類推できるように説明した文書です。
C-Gは、Bの127例文で出てくる語彙を復習したり、それらに関連していっしょに覚えた方がいい表現をまとめた復習用付録シートというものです。B本編の学習が進んで、関連のある箇所に達するたびに提供していきます。その際、教室にいないときもご自宅で反復練習できるように、音源データも提供します。

音源データというのはこんなのです。クリックすれば再生されます:

B015.mp3
B064.mp3
B118.mp3
(015などの数字は例文番号です。「ドゥダドゥダ英文法127」は終盤になると、舌に厳しい例文がまざります)

文面の雰囲気がわかるようにEを画像表示しておきます(実際に渡すものはラミネート加工する予定です)。

Englishlearningmetrical
(歴史上その日付が何曜日だったのか知らずに適当につくりましたが問題ないでしょ?)

B-Gもこれと同じようなつくりです。ただしBでは語句でなく文が示されます。
例文の下に示される ■ は音の高くなるところ(ダのとこ)、□ は音の低くなるところ(ドゥのとこ)です。この音の落差が英語のリズムを生み出していきます。音程がくっきり波打つのを発音できるように、舌・あご・のどの使い方を教えつつ、息・声を鍛えていきます。

このプランは全体的に、勉強という感じにはならず、練習・活動・トレーニング、といった感じになりますが、どうしても、127個の例文を見ていく前に知っておかなければならない「動詞についての知識」というものがあります。それをわかりやすく説明しているのがAです。これについてはここで公開します。自己完結性が高い文章になっていて、うちに通ってこない人でも見て意味があるでしょうから。

はじまりのはじまり。動詞ってどういうもの?
 introductiontotheenglishsyntax.pdf

【まとめ:ゼロ状態の子がやって意味ある英語学習とは】

いりくんだ理屈を日本語で追いかけまわしてもしょうがないので、次の二点しかないと思います:

・日本語音声とは全く違う英語音声のリズムを体にたたきこむ

・日本語文法とは全く違う英語の語順規則の代表例を脳にたたきこむ

この二点を徹底的に実行するために設計したのが「リズムきざむゼロ英語」というエントリープランです。
対象者は小3-中3(学校の英語では将来まずいかな、と危機感をもつ中学生にも有効なプランです)。受講要件・入室審査についてはこちらをご覧ください:

 入室審査について
  http://tels.sakura.ne.jp/requirement.htm

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127の例文よりなる「リズムきざむゼロ英語」をやり遂げたら、子供向けの洋書で読み書き音声三位一体学習にとりかかる準備ができたことになります。127例文というのは、週に120分くらいの学習時間量で進めていって、1年くらいでやり遂げられる内容だろうと思います。

子供向け洋書ってのは、こんなのとか

こんなのとか。

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4つのエントリープラン

4つのエントリープランが東筑英語教室の入り口となります。小学生のうちに来て2-3年(つまり思春期を迎えて身心の自由度が低下する前に)で英語学習に一定の決着をつけるのがおすすめ:

・(小3‐中3) リズムきざむゼロ英語
最初の一歩の英語学習。「ドゥダドゥダ英文法127」を発音練習して、英語の文の組み立ての出発点となる動詞の変形や並べ方になじむ。予備知識不要。ちゃんとわかるように説明し、ちゃんと覚えるように練習します。履修要件は小3-中3であることと、恥ずかしがらずに声を出すこと、そしてリズム感があること。
これが履修できた人は、語彙力を膨らませることを目指して、子供向けの洋書で読み書き音声三位一体学習を行ないます。

・(高校生) 熟読リンガメタリカ
諸分野の知に触れられる『リンガメタリカ』を素材にして読み書き音声三位一体学習。

・(高校生) 理系英文読解入門
自然科学方面の語彙に親しむための『カガク英語ドリル』を素材に読み書き音声三位一体学習。

・(高校生) ロジカル英作文入門
国語小論文の練習と英作文の練習を一体化。指導者と対話しながら評論文を精読したあと、論理的構成をしっかり整えつつ、日本語小論文を作成し、それを英文に起こすというトレーニング。

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<教室全体のつくり>

A4一枚で語るうちの設計思想
 http://tels.sakura.ne.jp/concept.pdf

趣旨を3点で語れば
 ・一対一個別指導
 ・対話、問答、表現の作業で頭をこき使う
 ・読み書き音声三位一体学習

こういう構造
Structure
舌を鍛える耳トレはべつに高3未満でもかまいません

学習プラン一覧表
 http://tels.sakura.ne.jp/courses.pdf

ご家庭との契約規定
 http://tels.sakura.ne.jp/termsofuse.htm

もろもろ詳しい公式ウェブサイト
 http://tels.sakura.ne.jp/

子供向けの洋書ってこんなの

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120ミニッツあればイナフ~ベロうにゃは来年度も不滅です~

先週、センター試験までの一ヶ月でリスニングを改善したいがそんなことは出来るかと問い合わせがありました。
恥ずかしがらずにベロをうにゃうにゃやるんなら2時間くらいでいけるんでなーい?、と答えて、一回でやるといっぱいしゃべることになって疲れるから60分×2回という編成で音声演習(耳ではなく舌を鍛える)を実施したんですが、最終回となった今日、その高3生はあまりの効果に感激して帰りました。

舌を鍛えるとあっさり聞こえは変わります。人間は言語音声を耳じゃなく舌で聴いているとでもいうのか、音声知覚の運動理論(motor theory of speech perception)というやつです。うちの音声演習は、<音素の設計図すなわち筋肉制御のありかたを脳に体験させる>という基本思想で設計してあります。

演習の手順は、1 学習者は、スクリプトを見ながら音源を聞く、2 学習者は、そんな音になるのか、と違和感を覚えた箇所(たくさん)に印をつける、3 指導者は、印のついた音声列の集合をみて、学習者の脳内に設計図が欠けている音素を割り出す、4 その音素を発する練習する、5 音素が音声列の中に組み込まれたときに生じる変化を練習する、6 もう一度音源を聴く、という単純なもの。

Placeofarticulation
こうやって、音の発し方を、舌を口の中でどう制御するか、息を何回吐くか、息を吐くタイミングは唇やアゴの制御に対していつであるか、音程上昇や強勢はいつ生み出すか、といった筋肉制御の問題として説明する。

今回の学習者がいちばん面白がっていたのは、/r/ や二重母音を身につけるときの練習で、

・poooooo と長く言え、もう一回 pooooo という途中でベロをうにゃっと持ち上げてすぐ下げろ、舌先はどこにも触れるな、こう、こう、したら pro になる、一回目になくて二回目にあった響きが /r/

とか

・skeeeeeeed とまずいえ、もう一回 skeeeeeeed といえ、そのとき、途中でベロをこんなかんじでうにゃっとしたら scared になる、このように二重母音は一回の息の中で口の中の配置だけ義理っぽくうにょうにょっと変えるけど音は出さない、そんで響きがたるむ

とか、上の写真のように、お手元白板で口中ベロうにゃ解説を加えつつ、ばっときてぴゅーと訓練していたときでした。音が、流れの中で自動的に生じるもので、言うものではない場合があるということが面白かったらしい。たしかに、日本語には、一音のうちに推移が含まれる音節がないですからねえ。

かように効果覿面なわが教室の音声演習なのですが、伝わる人には伝わる気がするので、今回の学習者が二回のベロうにゃ特訓で実習した音素および音声列を示しておきます:

/t/ /l/ /n/ /s/ /ʃ/ /θ/ → glottal stop →(日本語で)<あ>から<う>に母音が推移していくしくみ、<い>から<う>に母音が推移していくしくみ→ (日本語で)円唇と奥舌の連動性 → /r/ (ghosts or spirits) → 二重母音、三重母音(our, sour, tower, fire, scared) → /ʌ/ /ə/ → p/b/m で唇を閉じてしまうことで隣接音素にでる影響(drop on my head; sat up and was shocked; at about eleven p.m.; a button at my head) → while she における le のあつかい→ 流れの中でただの時間になる音 (on the sofa; fall off of my head; saw the bathroom; in the coin holder in our car)

音声学に理解のある人なら、この段取りが意味するところは読み取れるはずです。実行できる指導者にはどんどんやっていただきたい。
なによりも数学をやらないと人材水準を確保できないこのご時世に、修行段階にある若い衆が英語学習に膨大な時間を奪われるのはけしからんことです。数学・理科はほとんどの人にとっては暗記科目ですから、これからの若い人は理数科目の学習時間を多くとれなければ、将来ぼろぞーきんみたいに使われるばっかりの労働力にしかなれない。そんな結末しかない学習は戦略として無意味でしょ。英語なんかちゃっとやってぱっと済ませるべき。ちゃんとやればそんなに時間はとられないはず。

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読み書き音声三位一体でやれば要らないかなと思っていたけれども、こうしてみると、音声のみの演習プランも残しておいた方がいいような気がしてきたので、来年度の大幅改編後も、ベロうにゃ特訓のプランはたぶん残します。

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新しいカンバン

kanban 名詞 〔経営〕
1 かんばん方式 《トヨタ自動車が開発・採用した在庫圧縮を目的とした生産管理方式; 後工程が ‘かんばん' (指図票) で示すだけの量の材料・部品を指定された時に前工程が納入する; cf. JUST-IN-TIME》.
2 かんばん方式で用いられる作業指図票.

と、研究社の『ビジネス英和辞典』にあるとおり、看板は英語語彙に入っています。
新聞レベル(つまりたいして専門性のない文章ってこと)でもよく出てくる、日本語からの<輸出語>はいろいろあります。いくつか意外性のあるのを挙げると、tankan (日銀短観)、keiretsu (系列。[銀行が頂点に立って企業の結合を組織化している、いわゆる<日本型経営>の根本原理であり、よそからは、日本市場の閉鎖性の元凶であるとみなされているもの])、tycoon (大君。もとは徳川将軍のこと。今では実業界の大物を指す)、などがあります。
futon, haiku, tanka, renga (連歌), ninja, samurai, anime といった文化方面のもの(?)が外国語になっていることは有名でしょう。
anime はそもそも外国語じゃないのかって?とんでもない、完全に日本語です。
animation は ani-ma-tion という3音節、あいまい母音を雑にやれば ani-mation の2音節なので、どうやっても英語音声の頭からは anime という略語は生まれません。実際、オックスフォードの英英辞典で anime を調べると: "Japanese film/movie and television animation, often with a science fiction subject" と説明してあったりします。「たいていSFだ」というつっこみが素敵ですね。
animation → あにめ → anime の流れとちがい、はじめからしっかり英語音声規則どおりの語彙でできているのだけれども、実は日本で始まった表現だという英語語彙としては、日本のレコード会社がピンクフロイドの音楽性を言い表すために、売り文句として「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」とのたまい、そのときはカタカナで書いてあったんだけれども、なるほどいいねそれってことで世界中で使われるようになった progressive rock という語彙があります。ロックの中でも実験性・芸術性を目指すカテゴリのことで、最近の若い衆はこれを prog rock はては prog と略すようです。日本語圏ではふつうプログレと略しますね。

<それはよろしいのですが>

うちの教室がはじまったのは2008年9月1日。ちょっとまえに満三年となったのでした。この三年で、やっぱり地方に来ると若い衆の事情も全然違うな、こいつら2020年以降の世界では絶対生き残れねーな、ということで、地方の若い衆(高校1-2年生)のあーまーりーにーもー低い出発点でも、本人が気力を持って1年とりくめば現代人としてまともな技能水準まで成長できるプログラムを設計しようと、あれこれ工夫を重ねるうちに、うちの学習内容がすっかり変わってきました。創設時につくったカンバンの雰囲気が、今や教室内の現実と合わなくなってしまいました。ということで、カンバンをつくりなおしたのです。

注:2020年ごろの世界では、工場や農場で猛烈に進んできた人手を省く技術が、オフィス環境にも及び、事務職の大部分が消滅します。マイクロソフトが、革新的発明がなくても現存のIT技術を突き詰めるだけでこうなるという、10年後のオフィスを予想した動画を作成して公開しているので、若い人は見ておくとよろしい: Productivity Future Vision 2011 by Microsoft

これが看板屋さん(ナカムラ工房様)が事前にくれたデザイン画像:

2011kanban

これが今日、門前にかかりました。実物はこの画像以上になめらかぁでやわらかぁくてさわやかぁなかんじです。

この3年でいちばん大きな変化は、看板にあるとおり、読み書き音声三位一体学習を確立できた点です。もはや読解力、作文力(英文発想力)、音声という、英語技能の三領域を分けて鍛える必要はなーい。明確に言えば2010年10月に、ひとつの文章教材(たとえばリンガメタリカとかカガク英語ドリルとか)を使って、それを読む作業の流れに、かく、きく、いう、のトレーニングをなめらかに混ぜる方法を確立できたのです。
これには<語彙語彙連合づくり>という読解演習法を確立できたことが大きな要因となりました。<語彙語彙連合づくり>のおかげで、音声トレーニングの第一段階で行なうべき<句のリズムを体に叩き込む>という作業が、読解演習と連動しやすくなった。初級段階の学習から文法知識を排除しやすくなったんですなあ。

読み書き音声三位一体学習の段取りを大まかに示すとこんな段取り:

1 超速音を聞く
2 句切り音を聞く
3 一句ずつ意味を把握する。未知語彙は<語彙語彙連合>していく
4 一段落読めたら要旨を日本文で書く
5 それを英文になおす
6 その英文を音読する(学習者が読む)
7 音のまずいところを、まずはリズム(何拍であるか、どこが強いか)の問題として矯正する。ある程度できてる人には調音(その音はどうやって出すのか)の問題として練習する。
8 次の段落へ

すえひろがりで8段階に分けて記述してみました。まあ音声の6,7は本人が希望しなければしません。たしかに、音声での英語議論力を将来必要とする人は、実はさほど多くないでしょうから。しかし、書き手の国籍問わず重要な研究報告や論文はたいてい英文なので、知識人が務まるためには、先進的専門知をやりとりするための英文読み書き力は必須です。なので、本人がそこはまだいらないというなら、6、7は省略してもよろしいですが、1-5の省略は絶対に認められません。そこで楽をしたがるやつは、ワタクシの時間を奪うにふさわしくない無気力生物と見なされ、破門となります。

うちはそんなかんじの学習機会です。

<語彙語彙連合とはなにか>

それを説明した記事があるのでそっち読んでください:
 http://emptybrigade.txt-nifty.com/blog/2010/09/post-23f7.html

プログレの語源

わが畏友渡仲幸利の著書『新しいデカルト』

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ボランティアニット2011

ゆえあっておちおち寝てられず、めずらしく早朝から起きていたら、朝8時ごろ、紅茶党党友Yさまからなんぞ写真の添付されたメールが。

「ボランティアニットができました」

おおう、もう11月か。

ボランティアニットというのは日本編物文化協会とMS&ADゆにぞんスマイルクラブとの共催で、日本から手編みマフラ、セータなどを、防寒着の足りない貧困地域の子供たちに届けるというボランティア事業です。毎年11月が手編み作品の募集期間となっているので、この事業に参画する手芸者の皆さんは一年かけて、あったかい作品を仕上げていかれるのであります(補足:初心者の方には最寄の編物教室を紹介してもらえるそうなので、編物マイスターでなくても参画できます)。
Yさまは昨年度からこの事業に参加しておられ、それを聞いたワタクシは、自分では編物が出来ないので、あったかそうで頑丈そうな糸を探してきてYさまにお渡しし、間接的貢献に努めていると、まあそういうわけなのです。

糸提供ワタクシ、作成Yさまのセーターはこのふたつ。どっちもぬくそう。

Volunteerknit2011aVolunteerknit2011c

編物については毎度言ってますが、なんであのひょろながい糸玉が、棒数本つかうだけでこう化けるのか…手芸者おそるべし。
今回、面映ゆいことに、不肖ワタクシ名義で贈っていただけることになりました。

近くで見ると深い色をしているのね。
Volunteerknit2011b

わが在所北九州市は、当該年度に健康保険料完納かつ病院に一度もかからなかった人に粗品をくれたりするんですが、それをもらっている無病息災超人のワタクシ名義のセータを着る子なら風邪など引かないに違いない。

Yさまの説明によると、赤いのはガーンジーセーター、青いのはアランセーターといい、いずれも漁師たちが波風に耐えるために編み出した伝統衣料で、防寒力にすぐれるのはもちろん、航海の無事をいのったり漁の成功をいのったりする意味をこめた紋様を編みこむところに特徴があるのだとか。赤いのに編みこまれている精緻な意匠は、Tree of life と呼ばれる、生命の栄えを願う模様、青いのの袖に刻まれている波波は、Link を意味する模様なんだそうです。うむ、なんと象徴主義的なセーターか。
美に仕える者として、そのお心を四行詩に結晶化しておかないわけにはいかない。

これを着る子らの健康を祈って:

Knitted affection's here arrived.
North winds howling all be blocked.
In the woods, the birds take off,
Through the boughs of the tree of life.

(吠える北風はねかえす
 ぬくもりニットのご到着
 鳥はいつしか生命の
 森のこずえを超えてゆく)

sung: volunteerknit2011.merry.mp3

read: volunteerknit2011.placid.mp3

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ボランティアニットは毎年募集されます。2011年度の作品募集期間は11月1日~11月7日なので、今知ったというひとが今年度分を準備することは不可能ですが、来年もまたありますので、手芸をたしなむ方はご一考を。

<ボランティアニットの募集要項はこちら>

 「手作りタウン」による説明
   http://www.tezukuritown.com/smile/recruit.html

 「日本編物文化協会」による説明
   http://www.nac-web.org/event-01-volun.html

 

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理系英語には理系英語の文章作法がある

理系の英語と文系の英語はちがうもので、時代の要請が理系英語の方に傾いているのはすでに自明です。何年か前から、東京外国語大学のような語学・地域研究を本分とする文系単科大学の入試で、ひんぱんに理系トピックの英文が出題されていることにも、その趨勢は反映されています。
というわけで、高校生のうちに理系英語よみかきの発想に親しむための学習プランを整えました:

■理系英文読解入門
 (自然科学語彙と論理的進行になじむ)

 ウェブサイトの詳細ページ
   http://tels.sakura.ne.jp/scientificterms.htm

教材は『カガク英語ドリル』

■理系英作文の心得を知ろう
 (科学技術分野の作文における7つの基本姿勢を練る)

 ウェブサイトの詳細ページ
   http://tels.sakura.ne.jp/technicalwriting.htm

教材は The Elements of Technical Writing

理系高校生諸君、寿命120年時代を生き抜ける思考と表現の土台を練成しましょう。普遍的で論理的で明晰なやつを。若いうちにしか出来ないことだよ。

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言語音楽頂上対決

英詩史上最も音楽的に美しいといわれる幻視者ブレイクの The Tyger と、英詩史上最高の韻律職人にして改作修正(revision)の多いことで知られるテニスンがめずらしく一度も手直しの必要を感じなかったという The splendour falls on castle walls... と。言語音楽として美しさにまさるのはどちらなのか。

これはワタクシが迷い続けている謎の一つですが、昨日今日とその二作を録音し、聴き比べてみたらば、ますます謎がふかまってきました。どっちも美しい。

ブレイクは生命を歌う
 blake.thetyger.mp3

The Tyger
 William Blake

Tyger Tyger, burning bright,
In the forests of the night;
What immortal hand or eye,
Could frame thy fearful symmetry?

In what distant deeps or skies,
Burnt the fire of thine eyes?
On what wings dare he aspire?
What the hand, dare seize the fire?

And what shoulder, & what art,
Could twist the sinews of thy heart?
And when thy heart began to beat,
What dread hand? & what dread feet?

What the hammer? what the chain,
In what furnace was thy brain?
What the anvil? what dread grasp,
Dare its deadly terrors clasp?

When the stars threw down their spears
And water'd heaven with their tears:
Did he smile his work to see?
Did he who made the Lamb make thee?

Tyger Tyger, burning bright,
In the forests of the night;
What immortal hand or eye,
Dare frame thy fearful symmetry?

テニスンは天地を奏でる
 tennyson.thesplendourfallsoncastlewalls.mp3

The splendour falls on castle walls...
 Alfred Tennyson

The splendour falls on castle walls
And snowy summits old in story:
The long light shakes across the lakes,
And the wild cataract leaps in glory.
Blow, bugle, blow, set the wild echoes flying,
Blow, bugle; answer, echoes, dying, dying, dying.

O hark, O hear! how thin and clear,
And thinner, clearer, farther going!
O sweet and far from cliff and scar
The horns of Elfland faintly blowing!
Blow, let us hear the purple glens replying:
Blow, bugle; answer, echoes, dying, dying, dying.

O love, they die in yon rich sky,
They faint on hill or field or river:
Our echoes roll from soul to soul,
And grow for ever and for ever.
Blow, bugle, blow, set the wild echoes flying,
And answer, echoes, answer, dying, dying, dying.

とにかくあれですよ、言語がリズムを際立たせたときに生じる魔力/魅力ってものがあるわけですよ。このふたりはそれを産み出す達人であるわけですが、前者は死んだ弟の霊と会話しちゃうようなエキセントリックな創造者で、後者は既存のいろいろな韻律を練習して身につけた上で自らの詩境を開拓していった科学好きの詩作職人だというのが、面白い。なにをやっているかということと、なにをやっているつもりでいるかということの間には、なんの関係もないってことよね。剣呑剣呑。

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«テニスンの The splendour falls on castle walls... をひらがなとカタカナだけで訳してみるあそび