『隋唐世界帝国の形成』読後感
谷川道雄『隋唐世界帝国の形成』講談社学術文庫
<まとめ>
後漢末の動乱は中華史の第一期古代の破綻を象徴する出来事であった。第一期における人間社会の統合原理は「血縁」であった。
血縁による人間共同の組織化という戦略の行き着くところが門閥世襲体制という腐敗であった。殷周に始まって秦漢帝国へと堆積していった構造の破綻をいったんは修繕するかに見えたのが曹操であり、この大規模な崩壊を食い止める装置としてあらわれたのが九品官人法であった。この法が成文化した門閥という想像力は、漢胡融合を果たした隋唐帝国が極東を中世に前進させるまでの動乱期に、名を変え形を変えてなんどか建て直しを試みるが、門閥支配の打破という大勢をくつがえすことはなかった。
では、九品官人法により確立された血縁原理=門閥支配体制に対抗する力動性は、いかなる原理のものであったか。当然ながらこれは人格主義であり、つまるところ賢才主義であった。能力あるものが出自に関わりなく登用されるという門戸開放路線である。これが乱世の必然であったのか、自らの賢能を恃む一部少数者の独特な世界観から出来したものかはわからないが、宇文泰を基点とする鮮卑系とおぼしき関ロウ集団が、魏晋以来の正統性を伝える江東の貴族たちに対抗意識を持っていたことは、李世民の発言からもうかがえるらしい。
では、こうした血縁主義=門閥支配から人格主義・賢才主義への原理転換が結果した新構造はいかなるものであったのか。逆説的だが、これこそが唐代初期を特徴付ける貴族制であった。人格に優れ、賢才に恵まれていることを実績を持って証明したものが、そうでないものよりも上に立つ、初唐の貴族制は、後漢末以来の門閥無力化、血縁主義から人格主義への転換の成果に他ならなかった。その具体的制度化として成立したのが府兵制である。南北朝期に人間共同の組織化をつらぬいた原理である「賢才」とは、軍事組織のなかで職責を果たし、勲功を上げることにほかならなかったため、初唐における人間の組織化は、賢才たる武人が、そうでない平民を労働力としてのみならず武力資源として統括する構図となる。これが府兵制である。
しかし、貴族制が人格主義・賢才主義という原理的力動性に矛盾しないためには、貴族を名乗るものが偉才を示し続けなくてはならない。そうでない貴族は真の賢才に打倒されていくことになる。このような、賢才を基準とした門戸開放の力動性は、貴族主義=人格主義の普遍化にほかならないが、これが招来する制度が科挙である。創始された隋代にはあまり大規模化しないが、のちに宋帝国において科挙は人材組織化の最大原理となる。
意外なことだが、血縁主義という無条件の世襲肯定を転覆した人格主義という門戸開放に必要だったのは、非凡な人格、つまり、貴族だったのである。つまり、世襲の世の中とそうでない世の中の違いは、支配層が世襲貴族であるか、実績を持って自らが貴族であることを証明した貴族であるか、ということだったのである。後者の貴族が二代目から再び世襲を始めてしまえば世襲貴族であるが、人格主義の趨勢が世の習いとなってしまうと、実力の証明なき世襲そのものが、その力動性に押し流されて消えてゆく。それが科挙であった。そしてかような科挙制度は、到来したキリスト教徒の驚愕するところとなり、まずは東インド会社、ついで大英帝国の官僚試験として模倣され、近代世界にひろまることとなる。
<考えた>
思うに、民主主義という文化の障害となるのは、世襲(heredity)と縁故主義(nepotism)こそそうなのであって、役職の階級秩序(hierarchy)は問題ではないのではないか。人間全員が自作農である場合を除き、諸個人は分業することで社会として共同することを避けられないのだから、役職が階級分化することもまた避けられない。問題は、役得と役損ということばがあるとおり、実は生産上の分業でしかないはずの役職の階級分化が、分配上の特権とならないようにすることだ。それこそが公平性とか民主性とかの実体であるはずであって、役職に階級分化があること自体は、人間社会の生産性や創造性を発露する上では避けてはならないことであるはずだ。
民主主義の護持には強力な能力主義(meritocracy)が必要なのであり、そのためには分配ばかり問題にする小市民的民主主義は弊害にしかならない。
民主主義という精神文化は自主独立の気風を必要とする。その限りにおいて、賢才たろうとする垂直的志向はなくてはならない。逆説的だが、水平的志向では民主主義は無気力の苗床としかならない。結局、賢才同士の間でしか、腐敗なく民主主義を保つことなど出来ないのではないか。これは、本来的に、民主主義が国家規模で成り立つようなシロモノではないことを示唆してはいないか。民主主義とは、情報の上で抽象的につながっているにすぎない人間の間ではなく、もっと顔の見える人間同士、日々の生活のなかで具体的に共同している人間同士の間でしか成り立ちようがない、また、成り立つ必要もない種類の関係性であるということを示唆してはいないか。
精神文化としての民主主義。こうした疑問のもとに「仁」を指導原理として思想の体系化をはかった朱子を読み直してみると何か面白いことに気づくかもしれない。
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